職場の化学物質ルールが大きく変わる中、会社にとっても働く人にとっても**一番重要で、かつ負担が大きいと言われているのが「がん原性物質の記録の30年保存」**という新しいルールです。
「発がん性物質なんて、うちの職場には関係ないのでは?」と思うかもしれませんが、実は身近な汚れ落としや塗料の溶剤など、多くの化学物質が含まれています。今回は、この「がん原性物質」にスポットを当てて、初心者の方にもわかりやすく解説します!
そもそも「がん原性物質」とは?どんなものが対象?
今回の法律で言う「がん原性物質」とは、国が国際的な基準(GHS分類)に基づいて「ヒトに対する発がん性が知られている、又はおそらく発がん性がある(区分1)」と判定した物質のことです。
具体的には、以下のような身近な物質を含む、数百種類が指定されています。
- クロロホルム、四塩化炭素、1,4-ジオキサンなどの抽出・洗浄用溶剤。
- 金属の脱脂洗浄剤や塗料はく離剤として使われるジクロロメタン。
- 樹脂や塗料の原料となるスチレン。
- その他、ドライクリーニング溶剤のテトラクロロエチレンや、トリクロロエチレン、**メチルイソブチルケトン(MIBK)**など。
このがん原性物質は段階的に増えており、令和5年(2023年)4月に約120物質が適用され、令和6年(2024年)4月にはさらに約80物質が追加されました。今後も対象物質は順次拡大していくため、定期的なチェックが必要です。
記録の30年保存が義務付けられる「がん原性物質」について、資料に記載されている対象物質の一覧と代表例をまとめました。
対象となるのは、国によるGHS分類で**「発がん性区分1(区分1Aまたは1B)」に該当する物質です。非常に数が多く、令和5年(2023年)4月に約120物質**、令和6年(2024年)4月に約80物質が適用対象となっています。
ここでは、資料で特に注意が呼びかけられている代表的な物質や分類をピックアップして一覧にしました。
1. 特に注意すべき「発がんのおそれのある有機溶剤」(10物質)
洗浄剤や溶剤として身近な作業で使われることが多く、掲示や記録保存が強く求められている代表的な有機溶剤です。
- クロロホルム(抽出・洗浄用溶剤など)
- 四塩化炭素(試験研究、分析など)
- 1,4-ジオキサン(抽出・反応用溶剤、洗浄用溶剤など)
- 1,2-ジクロルエタン(合成樹脂原料、フィルム洗浄剤など)
- ジクロルメタン(金属脱脂、塗料剥離剤など)
- スチレン(塗料樹脂、合成ゴム原料など)
- 1,1,2,2-テトラクロルエタン(溶剤)
- テトラクロルエチレン(ドライクリーニング溶剤、脱脂洗浄など)
- トリクロルエチレン(脱脂洗浄剤、工業用溶剤など)
- メチルイソブチルケトン(MIBK)(ラッカー溶剤、脱脂油など)
2. その他の主な対象物質(適用時期別・抜粋)
有機溶剤以外にも、金属化合物や粉じんの原因となる物質など、幅広い化学物質が指定されています。
【令和5年(2023年)4月1日 適用分】(約120物質より抜粋)
- アセトアルデヒド
- アクリルアミド
- 1,3-ブタジエン
- ヒドラジン
- カドミウム及びその化合物(炭酸カドミウム、酸化カドミウム、硫化カドミウムなど)
- 鉛及びその無機化合物(シアン化鉛、炭酸鉛、ケイ酸鉛など)
- 結晶質シリカ(石英、クリストバライトなど ※0.1%以上含有する珪藻土なども含む)
- 鉱油(未精製油または軽度処理油)
【令和6年(2024年)4月1日 適用分】(約80物質より抜粋)
- シクロホスファミド
- ジエチルスチルベストロール
- キノリン
- ウラン
- ダイオキシン類(PCBを除く)
3. 対象外(記録の30年保存が免除されるもの)
発がん性区分1に該当していても、以下の条件に当てはまる場合は30年保存の義務対象から除外されます。
- エタノール(業務として大量に飲むことは想定されず、業務による発がんリスクが不明確なため)
- 特別管理物質(すでに別の法律「特化則」で30年保存などの厳しい管理が義務付けられており、二重規制を避けるため)
- 臨時的に取り扱う場合(継続的なばく露が見込まれず、発がんリスクが極めて低いため)
※上記は代表的な物質の抜粋です。実際に職場で扱っている物質が対象になるかどうかは、購入時に提供される**SDS(安全データシート)の「危険有害性情報」**等で確認することが推奨されています。
なぜ「30年間」も記録を残すの?
今回のルールの最大のポイントは、「誰が、いつ、その物質を扱ったか」という作業記録や、健康診断の結果を30年間も保存しなければならないという点です。
通常の書類保存は3年〜5年程度ですが、なぜこれほど長期間なのでしょうか? それは、がんなどの健康被害は、化学物質を吸い込んだり触れたりしてから、何十年も経ってから発症することがあるからです。 万が一、将来働く人ががんを発症してしまった時に、「過去に職場でどんな化学物質をどのくらい吸い込んでいたのか」を後からしっかり検証し、労働災害の認定や原因究明につなげられるようにするため、極めて長期間の記録保存が義務付けられたのです。
【具体的に30年保存する記録の内容】
- 労働者の氏名、従事した作業の内容、作業した期間。
- 化学物質のばく露(吸い込んだり触れたりすること)の状況。
- 万が一、著しく汚染される事態が生じたときの状況と、会社がとった応急措置。
- 対象物質に関する健康診断を実施した場合の、健康診断個人票(結果)。
対象外になる「例外」もあります
国が「発がん性区分1」としている物質でも、発がんのリスクが極めて低い場合や別のルールがある場合は、30年保存の義務対象から外れます。
- エタノール
お酒(アルコール飲料)にも含まれるエタノールは、「大量に飲んだ場合」の発がんリスクで区分されています。職場の業務として大量に飲むことは通常想定されず、疫学調査からも業務による影響が不明確なため除外されています。 - 臨時的に取り扱う場合
継続して吸い込む見込みがなく、臨時で少しだけ扱うような場合は、ばく露量が少なく発がんのリスクが極めて低いため対象外です。 - すでに「特別管理物質」に指定されているもの
すでに別の法律(特化則)で厳しい管理や30年保存が義務付けられている「特別管理物質」は、二重規制を防ぐために今回の対象からは外れています。
化学物質管理における「裾切値(すそきりち)」の定義と判断基準
化学物質の管理(ラベル表示、SDS交付、リスクアセスメント、がん原性物質の記録保存など)において、その義務が発生するかどうかの境界線となる濃度を**「裾切値」**と呼びます。
1. 原則的な基準値
対象となる化学物質が混合物に含まれる場合、以下の重量パーセント(wt%)を超えているかどうかが判断のポイントとなります。
- がん原性物質(区分1): 0.1% 以上
- それ以外の有害性物質: 1.0% 以上(※一部の特定物質を除く)
2. 分析・研究業務における具体的な判断例
環境分析や研究開発の現場では、取り扱う状態によって対象外となるケースがあります。
| 取り扱う状態 | 濃度(目安) | 規制・記録保存の対象 |
| 純末・原液(試薬) | 99%〜100% | 対象(厳格な管理が必要) |
| 高濃度標準液 | 0.1%超 | 対象(少量でも記録が必要) |
| 環境試料(水・土壌) | 0.1%未満(ppm単位) | 対象外(含有量が極めて低いため) |
| 抽出・濃縮後の検体 | 0.1%超に濃縮 | 対象(プロセス中で濃度が上がれば対象) |
3. 注意点:裾切値未満でも必要な配慮
裾切値未満であれば法律上の「記録保存義務(30年)」などは発生しませんが、以下の点に留意してください。
- 累積ばく露の防止: 濃度が低くても、長時間・大量に扱う場合は、リスクアセスメントに基づきドラフトチャンバーの使用や保護具の着用が推奨されます。
- SDSの確認: 供給元から提供されるSDS(安全データシート)の「第3類:組成及び成分情報」を確認し、当該物質が裾切値以上の濃度で含有されているかを必ずチェックしてください。
職場はどう対策すればいい?3つのステップ
がん原性物質による将来の悲しい健康被害を防ぐため、職場では以下の対応を進めましょう。
- ステップ1:まずは「SDS(安全データシート)」を確認!
職場で使っている洗浄剤、溶剤、塗料などの容器ラベルやSDSを確認しましょう。「危険有害性情報」の欄に「発がんのおそれ」といった記載がないかチェックすることがすべての第一歩です。 - ステップ2:吸い込まない工夫(ばく露低減)をする
がん原性物質を見つけたら、作業場に局所排気装置(換気扇のようなもの)を設置したり、防毒マスクなどの有効な保護具を作業者に正しく着用させたりして、体に取り込む量を最小限に抑えましょう。より安全な別の物質に買い替える(代替物質の使用)のも非常に有効です。 - ステップ3:掲示と記録を徹底する
作業場には、対象物質の名称や人体への影響、必要な保護具などの情報を掲示して、働く人全員に危険性を知らせてください。そして、作業記録をしっかりとつけ、30年間大切に保管する体制を整えましょう。なお、記録は紙だけでなく、パソコンなどの電子データ(電磁的記録)で保存することも可能です。
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記録事項
がん原性物質に関して、事業者が作成し**「30年間保存」**しなければならない記録事項は、主に以下の3つの分類に分けられます。
1. 作業に関する記録
- 作業に従事した労働者の氏名。
- 従事した作業の概要(どのような作業をしたか)。
- その作業に従事した期間。
- 万が一、がん原性物質によって労働者が著しく汚染される事態が生じた場合は、その事態の概要と、会社が講じた応急措置の概要。
2. ばく露の状況
- がん原性物質を製造したり取り扱ったりする労働者が、どの程度その物質にばく露したか(吸い込んだり触れたりしたか)の状況。
3. 健康診断の個人票(結果)
- リスクアセスメントの結果に基づいて健康診断を実施した場合は、その結果を記載した「リスクアセスメント対象物健康診断個人票」。
【補足:特定の有機溶剤に関する記録】 クロロホルムやジクロロメタンなど、「発がんのおそれのある有機溶剤」を取り扱う場合には、上記の作業記録や健康診断個人票に加えて、以下の記録も30年間保存することが求められます。
- 作業環境測定の記録。
- 作業環境測定の評価の記録。
これらの記録は、原則として**「1年を超えない期間ごとに1回、定期に」**作成する必要があります。なお、保存方法は紙の書類だけでなく、パソコンなどを用いた電子データ(電磁的記録)による保存でも問題ありません。
※ちなみに、リスクアセスメントの結果に基づいて会社が講じた安全対策の状況や、関係する労働者からの意見聴取の状況なども記録・周知する義務がありますが、こちらの保存期間は(がん原性物質であっても)「3年間」となります。
まとめ
がん原性物質に関する「30年保存ルール」は、働く人の10年後、20年後、そして30年後の命と健康を守るための非常に重要な取り組みです。 対象物質は思いのほか身近な溶剤にも含まれています。「知らなかった」で済ませず、まずは職場の化学物質の棚卸しとSDSの確認からスタートして、安全な職場づくりを進めていきましょう!


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